それから、彼がぼくにそうっとくちづけをした。
ちゅう、とふんわりしたくちびるの感触。
「わ、っ!カイン・・?」
「まじないだ」
彼はそう、いつものように短く答えた。
「いつまでも一緒だね」
「そうだな」
日が暮れるのはきっとまだ先だろう。
けれど城には戻らなくてはいけない。
それからまた手をつなぎ、今度は坂道をくだる。
また来ようね、と笑って、お説教はなんだろうと考えながら
くちづけをした時のふしぎな感触がまだわだかまりとして残っていた。
もうあの日には戻れない、とそんな言葉がよぎった。
きっとはやりの歌の歌詞だろう。
それとともに、愛しい人の声が耳に降り注いだ。
とても、心配そうな声で。
「・・セシル?」
「ああ、ごめん」
次の言葉をかけるまでも無く、人々の祝福の声が降り注ぐ。
そこに彼は、いないけれど。
小さな水溜りに、花びらが一枚だけ舞い落ちるのを見た。
世界は今日も色づいているのだろう。
争いのや祝福、喜びや悲しみの色たちが世界を構成している。
キスをしなければずっとそばにいれただろうか。
ローザとの誓いのキスをしてから、
きっとあの日のくちづけは誓いだったんだと気づいてしまった。
今は愛しい人の声に耳を傾けながら、
ただ、セピアにも染まらないその日のことを想う。
その世界のなかで、僕は君を待っている。
風がびょう、と吹きぬけた。
もういちど会えたら、約束なんて、いらない。
「だからねえ 戻ってきてよ カイン」