バルコニーには、いつの日かのような夕暮れみたいな
                  オレンジとムラサキのグラデーションなんてもうとっくになかった。


                  夜空だった。
                  双月が空にやわらかな光を映していた。
                  ひかりたちが飛び交って、風が水面をやさしく揺らしている。


                  月明かりに掻き消されて消えてしまいそうな星明かりが
                  いくつにも夜空に浮かぶ。


                  夜の風が、冬の厳しさをともに身体を蝕んでいく。


                  いつか聞いた歌が、頭の中によみがえってくる。
                  限りなく小さな声で、その音を必死に思い出そうとしていた。


                  「      」


                  それはかけらを紡いでいくように重なっていく。
                  けれど歌は途中で途切れてしまう。


                  「国王様」
                  心配そうな声に、セシルは胸が痛くなってしまう。
                  「お体に障ります。お早めに」
                  その男は、それだけ残してその場を去った。


                  「僕は」
                  国王なんだから。国の王なのだから、と自分に言い聞かせる。
                  それでもその場を動くことが出来ずに、冷たい風に体を預けていた。


                  彼の言葉が唐突に恋しくなる。


                  キザみたいな台詞を平気で言う彼に時々ドキリとする。
                  時々じゃなかったかもしれない。
                  銀色の髪がキレイだ、とほめてくれた事を思い出した。


                  そんな時、なんて返せばいいかわからずに口ごもってしまう僕に
                  彼はおかしそうに笑いかける。
                  とてもやわらかな、僕にだけの微笑で。
                  極上の砂糖菓子を口に含んで、溶かしていくような甘さと優しさみたいだった。


                  彼を思い出すたびに胸底が音を立てて
                  息苦しくなってしまうのは
                  きっと冬だから。
                  寒さに耐えられずに、息苦しくなってしまうんだろう。


                  小さく呼吸をしたつもりが大きなため息になって
                  深く吐き出された白さがいやに目に残った。


                  いつか言えるおかえりはそっと胸にしまったまま
                  その場をあとにした。