きっと今なら、キスをしても戸惑うことなく受け入れるだろう、と
                  カインはわずかに高い目線からセシルを見る。
                  けれど、今更そんな気分にもなれなかった。


                  フッ、と小さく笑うと部屋に彼を招いた。
                  「大方部屋にローザを置いてきたんだろう。
                  目覚めてお前が居ないと、心配するだろうからあまり長居はしないほうがいい」
                  そう言いながら、心がその言葉に反していることに自嘲して
                  少しブランデーを垂らしたホットミルクを彼に渡すと
                  そのままベッドに腰掛けた。


                  窓に広がる深海のような夜に、月が薄明かりを照らしていた。
                  星屑が曇り空に掻き消され、ぼんやりとした夜だった。


                  「カインは、なんでもお見通しだな」
                  悲しそうな笑顔は、そうやって驚きの言葉を口にする。
                  「僕、もうよくわからなくなっちゃった」
                  髪のしずくは、頬をつたうしずくに変わっていた。
                  ぽたり、とベッドのシーツに染み込んでいく涙。


                  「今だけは、カインのことだけで精一杯でいさせて」
                  そう云うことを言われると、
                  理性が持たないことを彼はわかっているのだろうか。


                  照明に光る白銀の髪を、すっと梳いた。
                  「美しい髪だ」
                  少し、彼の体が強張った。


                  そのアクションが愛しくて、ベッドに押し倒してしまおうかと考える。
                  こんなことにすら、生理的欲求を起こしてしまうほど
                  カンタンな人間になってしまったのか俺は。とすこし嘲けて


                  「落ち着いたら、部屋に戻れ」


                  そう言って、すこし離れた台所で
                  自分の想いはどちらに傾いているのか、と悩んだ。


                  天秤で量れる、想いなど在りはしないのに。